時価総額と現金の逆転現象。ノダ(7879)に潜む「MBO・TOB」の引火点

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株式市場には時折、「落ちている財布」のような銘柄が存在する。 中身(現預金)がたっぷり入っているのに、なぜかその中身よりも安い値段で財布ごと売られている状態だ。

今回取り上げるノダ(7879)は、建材メーカーという地味な業種ゆえに市場から見過ごされがちだが、そのバランスシート(B/S)を解剖すると、極めて歪な状態にあることがわかる。

今回は、保有する「ネットキャッシュ(純現金)」と「時価総額」の比率に着目し、そこに潜むイベントリスク——すなわち、MBOやTOBの可能性について考察する。

異常な「ネットキャッシュ比率」

企業の実質的な手元資金を表す指標として、ネットキャッシュがある。簡易的には以下の式で算出される。

ネットキャッシュ = 現金及び預金 - 有利子負債

ノダの財務諸表を見ると、無借金経営に近い健全性を保ちつつ、長年の利益を積み上げた膨大なキャッシュを保有していることがわかる。 直近のデータに基づき、この企業の「値段」と「中身」を比較すると、衝撃的な事実が浮かび上がる。


【ノダ(7879)の異常なバリュエーション】

  • 時価総額(会社の値段): 約114億円

  • 現預金(金庫の中身): 約200億円

  • ネットキャッシュ: 約86億円
    (※2025/12/26終値ベース、直近決算短信より概算)

ご覧の通り、「時価総額(114億円)」よりも、金庫に入っている「現預金(200億円)」の方が圧倒的に多いという逆転現象が起きている。 借金を返済した後の「ネットキャッシュ(86億円)」で見ても、時価総額の約75%を占めている。

これは何を意味するか。 市場は、ノダの「建材事業そのもの(工場・在庫・人材・技術・ブランド)」に対して、実質28億円程度(時価総額114億-ネットキャッシュ86億)の価値しか認めていないということになる。 299億円の事業資産(純資産385億円-ネットキャッシュ86億円)を考えれば、あまりに過小評価された水準であり、「事業をやめて現金を分配したほうが株主のためになる」とマーケットが宣告しているに等しい。

なぜ「MBO・TOB」につながるのか

このような「キャッシュ・リッチ」かつ「低PBR(株価純資産倍率)」の銘柄は、過去の事例から見ても、ドラスティックな資本政策のターゲットになりやすい。理由は大きく2つある。

1. 買収コストが実質タダ(LBOの標的)

仮に誰かがこの会社を時価総額で丸ごと買収したとする。 買収者は、会社を手に入れた直後に、会社の中にある「現金」を使って買収資金を返済できる。いわゆる「会社の財布で、その会社を買う」ことが可能な状態だ。これは外資系ファンドや競合他社にとって、極めてリスクの低い買収案件となる。

2. 経営陣による非上場化(MBO)の動機

経営陣からすれば、自社の株価が不当に安く放置されている現状は面白くない。さらに、東証からの「PBR1倍割れ是正」のプレッシャーや、上記のような敵対的買収のリスクに常にさらされている。 ならば、「豊富な手元資金を使って自社株を買い集め、上場廃止にしてしまおう(MBO)」と考えるのは、防衛策として極めて合理的だ。 近年、大正製薬やスノーピークなど、PBRが低迷していた企業がMBOを選ぶ事例が相次いでいるが、その背景には共通して「安すぎる市場評価」への諦めと、それを是正する体力の存在がある。

結論:市場の歪みはいつ修正されるか

もちろん、「割安だから」という理由だけで株価が上がるとは限らない。 成長性が乏しければ、万年割安株(バリュートラップ)として放置され続けるリスクもある。

しかし、ノダに関しては、その財務の歪みが限界点に近づきつつあるように見える。 株主還元(増配や自社株買い)で現金を吐き出して株価を上げるか、あるいはMBOで市場から退出するか。いずれにせよ、「現在の株価水準が維持されることは、資本の論理的に不自然である」というのが、私の分析だ。

市場がこの「落ちている財布」に気づき、奪い合いになるのが先か。 それとも経営陣が財布をポケットにしまうのが先か。 引き続き、この歪みを監視(ウォッチ)していく。

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